美味しそうな宿の朝食を前にして、6人の間には冷たく重い空気が漂っていた。
周囲の楽しげな雰囲気に対し、全く会話のない彼らはただ黙々と食事をとっている。
…がついにこの沈黙に耐え切れず、雲美が口を開いた。
「…ルゥク、さっきの事なんだけど…」
「……。」
余程腹が立っているようで、返事すらしない。その様子に呆れて、エマが横っ腹を軽く小突いてみるが何の反応も返ってこない。かなり重症だ。
雲美は小さく溜息をつくと話を続けた。
「アシュレーもアムリエルもあなたと打ち解けようと思ってやったことなのよ。やり方は、ちょっと手荒だったかもしれないけど…」
「……。」
未だ口を開こうとしないルゥクを見て、しょうがないと諦めたのか、今度は優雅に紅茶を啜っているアシュレーに声を掛ける。
「アシュ、食事中で悪いんだけど…ちょっと来てくれる?」
しばし別の世界にトリップしていたアシュレーだったが、声を掛けたのが雲美だと分かると、すぐにニッコリと笑みを浮かべて席を立った。

*   *   *

「…で、どうしたの?」
廊下へと移動して。
「真面目なお話?…それとも僕をデートにでも誘ってくれるのかな?」
ここ数日一緒に居る為、軟派な言葉にも大分慣れた雲美は特に何の反応も返さずに本題に入る。
「ルゥクのことなんだけど…彼、相当頭に来てるわ。もちろんあなた達に悪気が無いってことは分かってるのよ!…でも、このままじゃ一緒に行くのは無理になるかも。」
せっかくの口説き文句を軽くかわされ少しへこんでいたアシュレーだったが、その言葉を聞いた瞬間、ハッとして顔を挙げた。今までの余裕の表情は消え、焦りの色も窺える。いつもとは明らかに違う様子。雲美はそんな彼に微かな不安を感じ、何とか次の言葉を探す。
…と、突然アシュレーが何か呟いた。

「…独りは嫌なんだ……」

ざわざわ…

その声は雲美の耳に届く事無く、傍を通るヒトの声に掻き消された。
雲美は何故か聞き返すことが出来ず、またアシュレーの方も呟いたきり黙りこんでしまって…沈黙が続く。
雲美が戸惑いがちに顔を覗きこむと、アシュレーはハッと我に返り苦笑いを浮かべた。
「アシュ、大丈夫?」
「ああ、ゴメンよ。心配かけて。」
アシュレーはそう言いながらも、いつもの調子で微笑んでいる。雲美も安心したのか、つられて笑みを浮かべる。
「…そうそう、ルゥクの件なら僕にいい考えがあるんだ。任せてもらえないかな?」
不意に思い出したかのように言ってくるアシュレーに…雲美は思わず、
「ええ。」
肯定の言葉を返してしまっていた。
「それじゃあ、皆のところに戻ろうか★」
まだ何か言おうと思っていたのだが、それが何なのかさえ解らなくなってきた雲美は仕方なく意気揚々と前を歩くアシュレーの背中をぼんやりと見つめていた。

*   *   *

「なあ、ルゥク。」
「…なんだ。」
「君は僕が仲間になるのは嫌かい?」
「ああ、嫌だね!!」
戻ってくるなり、アシュレーはルゥクへと声を掛けた。
一応返事はするものの、謝罪の色が全く見えないアシュレーの様子に、抑えていた怒りが沸々と湧き上がってくる。
「本当に嫌?」
「嫌だ。」
「心の底から嫌?」
「嫌だ!!」
数分こんな遣り取りを繰り返し、ルゥクの怒りも頂点に達しそうになったとき、アシュレーが少し小さな声でこう聞いた。
「僕の事、嫌い?」
「ああ!大っ嫌いだっっ!!!」
先程までの勢いも手を貸して、ルゥクは半ば叫ぶ様に言い放つ。この声には他の宿泊客も驚き、好奇の視線が6人に集まる。
「そう…分かったよ。」
アシュレーは口元だけ微かに歪ませ、溜息混じりに言葉を続ける。
「それじゃあ、僕は消えるとするかな。皆、今日までありがとう。」
女性陣だけに握手をすると、大きく手を振って食堂から出て行く。
疾風の如く消え去ったアシュレーを引き止める事も出来ず、ただ呆然と事の成り行きを見ていた5人だったが、姿がすっかり見えなくなった所でようやくエマが声を挙げる。
「ルゥちゃん、いいの?」
「何が…?」
「アシュ、このまま行かせて…いいの?」

…エマの問いに答える言葉が見つからない。
アイツとは絶対に合わないという事は分かり切っていて、あっちもそれを分かってて。なのに、「大嫌いだ」と言った時のアイツの顔が頭から離れない。…僕はアシュレーを傷つけたのか……?

考え込んでいる間にも時は刻々と過ぎてゆく。
そして、ようやくルゥクが口を開いた。
「僕は…」

ばあんっっ!!!

言いかけたと同時に思いきり開く戸。
「おいっ!!何で誰も僕を追いかけて来ないんだーっっ!!?」
「…アシュ、おかえり…。」
すごい剣幕で怒鳴り込むアシュレーとは裏腹に、何事も無かったかのように言うクリス。
「ルゥク!!まず君が追いかけて来るべきだろぉ!?」
「はっ!何で僕が貴様なんかを…!!」
「雲美ちゃ〜ん、ごめんよ。この馬鹿のせいで計画がむちゃくちゃだよ〜。」
そう、アシュレーがルゥクに認めてもらう為、一芝居打っていたのだ。

「まっ何はともあれ、この6人で仲良くやっていこうじゃないか!ねっ♪」
「嫌だあああああぁぁぁぁぁ!!!」
何も解決してないような気はするが、とにかくこの新たなメンバーで旅は始まった。
今日もルゥクの叫び声が辺りにこだましている…。



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