「其れで、此からどうするんだ」
「どうするって、食後のお茶だろう」
 そう返してきたアシュレーに、ルゥクは苦虫を噛み潰すように顔を顰める。
「お前は、黙っていろ」
「いやだなぁ、仲間に向かって冷たいじゃないか」
「五月蠅い、誰が仲間だ」
「全く、お子様は我が儘で……ごふっ」
 満面の笑顔で語っていたアシュレーの眉間にルゥクが投げた匙が命中した。その拍子に、彼は椅子ごと盛大に後ろへ転倒する。
 怒りが込められていたのだから、匙が当たった時の痛みは相当の物だろうが、投げられた物が、匙と一緒に食卓に並べられていたナイフやフォークでないというのは、ルゥクのアシュレーへの敵愾心が薄れたと云う事だろうか、だとすれば先刻のいい見せ物であった騒動も、強ち無駄ではなかったかも知れないと、その場にいた(二人以外の)誰もが思った。が、
「なにすんねん、このくそエルフ! 危ないところやったやないか!」
 床から起きあがった彼は、眉間ではなく片手で自分の髪を押さえ、もう一方の手でルゥクの胸ぐらを掴みながら、そう云った。
「はっ。あれくらい躱せないで、よく僕らの仲間になりたいなんて云えたものだな」
「……何の進歩もないな、これじゃあ」
 アムリエルは、そう誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟いた。

*   *   *

「……其れで、今度こそ本当にどうするんだ? 何時までも斯うしているわけにもいかないだろう」
「そうよねー。どーするの? リーダー」
「……どうしようか。みんなはどうしたい?」
「別に私はこのままでも良いと思うけれど」
「エマっ!!」
「でも、最近戦っていないから少し物足りないわね。……詰まらないわ」
 そう云って、己の脇に立てかけてあった刀を手に取りその刃を鞘から一寸ほど抜き妖しく光を反射させた。その様に、近くにいた店員と客が後ずさる。
「……他は? 何か無いのか?」
「はい」
「どうぞ」
「ひょっとして、皆さんマスターから貰った依頼の事忘れていませんか?」
 暫くの沈黙の後、
「……あ」
 全員の声が見事にハモった。

*   *   *

「あぁ、此だ」  泊まっていた部屋に戻って、自分の荷物を探っていたクリスは漸く見付けた依頼書を差し出した。其れを受け取ったルゥクは、
「ふーん。『アジタート山脈でピンクの亀を……は、はんなりと? 退治しやがれ』」
 そう音読した。其れに「何巫山戯てるんだよ」と、アシュレーがつっこむ。
「巫山戯てない! 本当にそう書いて有るんだ」
 目の前に突き出された依頼書を読んだアシュレーは、其れを読んで顔を引きつらせた。
「まぁ、取り敢えず其の『ピンクの亀』を退治すれば良いわけね」
 刀の手入れをしていたエマが、隣にいたクリスに楽しそうに云う。
「……多分、そうだと思う」
「どうしたのよ、異様に暗いじゃない」
「……だって、」
「ねぇ、其の亀って何をしてお尋ね者になったの?」
 クリスの声は、アムリエルの明るい声に遮られる。
「何でも、体長三メートルという巨体のために、動くたびに地響き、騒音、落石、果ては地震をも引き起こいたんだそうだ」
「わお、パワフル」
「其れでアジタート山脈の麓に住んでいる村や町が、退治してくれと云ってきたらしい」
「地震を起こす程というと、其の亀は沢山居るのですか?」
「さぁ、其処までは書いていないな」
「でも、此から何をするかは是で決まりね。さっさと倒しに行きましょう」
 そう云うと、彼女は素早く部屋を出ていった。
「アジタート山脈か、少し遠いな」
 馬車でも調達しようかとアシュレーは提案した。
「其れはかまわないが。『熊の育て親』に遭遇しないと良いな」
 ルゥクの発言に、アムリエルと雲美が吹き出す。
「ぐっ、……そんなことを云う己は馬車に乗せへんで」
 今朝の雰囲気は何処へやら。一同は和気藹々と宿を出ていった。然し、其れとは反対に彼等を物陰から見つめる妖しい影があった。
「アジタート山脈カ……。此処デ事ヲ起コスヨリ、ヤリ易イカモ知レナイナ」
 影はそう云うと、ふっと消え去ったのだった。

 彼等が外に出ると、其処は夏の日差しに灼かれていた。
「暑……。こんな炎天下を行くの? 馬車でもばてるわよ」
「まぁ、山脈は此処よりましな筈だ。其処まで頑張れ」
「山脈に着いたら、また必然的に頑張らなきゃいけないけどね」
「……そうだな」
「おーい。向こうの停車場でアジタート山脈行きの物があったよー」
「……ま、行くか」
 この声を合図に、一行はアジタート山脈に向かって旅を始めたのだった。



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