道中かようなトラブルは経たものの、夕刻――と言っても、既に日も入り果て、星の瞬き出す頃合ではあったが――一行は、アジタート山脈麓の宿場へ到着した。馬車を降りると、街中とは打って変わってひんやりとした夜風が頬を撫でる。涼やかに澄み切った空気の中で見上げる空は高く遠く、岩肌の露出した山の頂には月が淡い光を放ち、架かっている。
「…確かに涼しいな。静かだし、街とは大違いだ。」
 長いこと馬車に揺られて大分気も滅入っていたのだろう。初めにルゥクが幌の外へ降り、雲美、クリスタルと続く。
「予定より少し遅れましたけど…なんとか、着けましたね。」
「ああ…。」
 亀を探しに行くにしても、辺りがこれだけ暗くなってしまっては無理がある。二人は空き部屋のある宿を探しに、先立って街へ入って行った。
「アム?外に出てみたら?風が気持ち良いわよぉ」
 少女は、未だに馬車の片隅にうずくまっている。エマはその様子を流し見て、自らも外へ出る。幌の裂け目から漏れる僅かな光の中、アムリエルは膝を抱えたままだった。外には街の灯りが溢れ、ルゥクをからかうエマの楽しげな声音や、それに激昂したルゥクの怒号やらが聞こえてきて、宵を暖かく包み込んでいる。
 そんな、当たり前のように穏やかな時間―――。

「大丈夫?」

 ぱっと目を開けてみると、眼前にいきなり赤いバラが差し出されていた。差し出されたバラを両手で受け取り上方を仰ぐと、金髪の青年がにっこりと笑って、自分の顔を覗き込んでいるようだった。
「………何?」
「まだ気分悪い?」
「…ちょっとね。でも、大丈夫。」
 作り笑顔で返す。と、アシュレーは複雑な…実際には笑顔なのだが、どこか憂いを帯びた表情で繋ぐ。
「アムちゃんみたいなコは、元気なのが一番。…だけど、具合が悪い時は無理しちゃダメだよ?」

 君は一人じゃないんだから。

 外で待ってるから落ち着いたら出ておいで、と残して、青年もまた外へ出て行った。
「アシュ…。」
 幌の出入り口をぼんやりと眺める。
「…さっきの戦闘…、どこで何してたのかしら…。」
 外で何かがすっ転んだような、痛そうな音が聞こえた。



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