アムリエルが負傷者全員の傷を治し終わってから案内された正面の扉は、複雑な彫刻の施された大きな木造の扉だった。
 中央には黄金色の牛を模ったドアノッカー。
 両開きの扉の周囲を額縁のように囲う壁は苔色でこちらも彫刻が施されている。
 東方の文様のようだがモチーフは亀だろうか。
「こちらへ」
 イルカ形の取っ手をとり扉を開くメイドに導かれるまま一同は漸く屋敷の中へと入っていった。

 開かれたポーチを抜け、中央の通路へと続く。
 広い屋敷の中は静まり返り、長い絨毯に覆われた床は足音もさせない。
「静かねぇ」
 退屈そうに辺りを見渡しながら呟くエマの声も響くことなく消えていく。
「でも、なんだか……騒々しい気配とか、しないか?」
「うーん、見えないけどもっとなんかいそうな感じ…」
 不審気な様子のルゥクにアムリエルも同意して言った。
 黴臭いような埃臭いような独特の古い匂い、長く仄暗い通路、ひやりとした空気。
「これだけ大きなお屋敷ですから、使用人もたくさんいるんじゃないでしょうか」
 もっともらしいユンメイの意見に誰もが納得しようとしたが、一度浮かんだ疑念を晴らすことはできなかった。

 皆が押し黙ってしまった中、唐突にクリスタルがつぶやいた。
「動物が、たくさんいるな…」
「あ、そうですね! 動物の絵がたくさん」
 重くなってしまった空気を振り払うかのように殊更明るく答えたユンメイにつられて周囲を見てみると、確かに通路の壁には大小さまざまな絵画が飾られていた。
 描かれているのはどれも動物ばかりだが、ネコや犬から鳥、爬虫類まで相当な種類がある。
「ねぇ、これ…あのメイドさんじゃない?」
 エマの示す絵には椅子に掛けた女性と寄り添うようにして大きな犬が描かれていた。そしてその女性は幾分若いようではあるが確かにあのメイドのようである。
「ここにある人物の絵ってこれだけみたいね」
 辺りを見渡しながらアムリエルが言った。
「メイドの肖像画まで飾ったりするもんなんだねー、よくわかんないけど」
「いや、普通メイド1人の肖像画を描くことはないと思うよ。」
 アシュレーはやけにきっぱりと答えた。
「ふーん。アシュ、そういうの詳しいの?」
「え…っ?! そ、そんなわけじゃないんだけど…そのっなんとなくっていうか…」

「みなさん。こちらです」

 なぜか慌てたようなアシュレーのセリフを遮ってメイドの声が聞こえた。
 いつの間にか距離が開いてしまっていたようで、メイドは随分と離れたところ、通路の1番奥の大きな扉の前に立っていた。
「この奥で主がお待ちしております」



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