「ようこそ、ファリアへ」
 部屋へ通されると、実ににこやかな村長が立ち上がって迎え入れた。メイドへ茶菓子を持ってくるように命じて下げさせると、自らが客席へと案内する。
「我々は貴方々の様な優秀な冒険者を待っていたのです。…あぁ、いや。賞金稼ぎでしたかな?」
「…いや、別に気にしない」
 短く謝罪する言葉を流し、依頼書である羊皮紙を取り出した。村長は一言断って受け取り、目を通す。空いた手で顎の髭を弄んでいるが、軽く頷いてクリスへ返すと、彼は首を傾いだ。
「…何か誤りでも?」
「いや、私が出させた内容そのままです。…貴方々は何時も依頼主に確認を?」
「ええ。既に解決していたり、詳細に変更がある事が多いので」
「成程」
 村長が呟き、脚を組むのにあわせたようにノックが響く。断りを入れる言葉が鷹揚に受け入れられると、ティーセットを盆へ載せたメイドが現れた。会釈し、一人ひとりに紅茶を注いだカップとスコーンと蜂蜜を添えた小皿を並べていく。どこか手作りらしい無骨さがあるセットである。
 そして手渡された紅茶を一口含むと、小さく感想を述べて皿へ戻した。
「冷めないうちにどうぞ」
「…いえ、お構いなく」
「急く話でも無いですよ。ここまできてしまったならね」
 そう言う村長の目は深い。しかし、口元だけはバルコニーで見た様な皮肉った笑みを作っている。不意に気づいたように面を上げて、下座に控えるメイドへ声をかけた。
「用があればまた呼ぶ」
「はい。失礼します」
 一同へ頭を下げると、彼女は退室する。機械的な足取りであったが、片足をひきずっていたのか、若干ラインが崩れていた。
 五人が村長へ意識を向けている間、アムは慣れていないのか、物珍しい様子であちこちを目で探っている。
 亀によって脅威を受けている村の長が暮らすには、余りに不釣合いだと思っているのだろう。
 実際、廊下同様に広く立派であった。寒さの為か、南側に切り取られた窓は小さく、厚手のビロードでできた赤いカーテンは金糸の綱でまとめられている。壁紙は褐色で、草木に戯れる獣の絵が幾何的に並べられたものである。天井から吊るされたシャンデリアは装飾的要素の欠けるものであったが、よく手が行き届いている為蝋燭の灯りを銀が広げていた。
 上座には暖炉があり、その上にはまだ青年であった頃と思われる村長と、恐らく父であろう厳格そうな壮年の男性が並んだ肖像画がかかっていた。暖炉の両脇には棚があり、恐らく特産品か何かなのであろう彫刻や食器等が並んでいる。暖炉の前には通常業務に使っているのであろう簡素な机があり、その延長上に現在使っている接客用の椅子と長机がおかれている。
 椅子はビロード張りの木製の椅子であるが、村長のものが一人掛けのものであるのに対して、長机を挟んで向かい合わせになっている椅子は長椅子である。使い込まれた節が見受けられ、それが実に味があるものとしていた。椅子に三辺を囲まれた机は獅子をかたどり、残った一辺で石炭を使った暖房の灯りを眩しそうに見つめている様であった。
 床に敷かれた絨毯も動物を描き、ふかふかとした心地好い抵抗を持ち、何とはなしにアムは足踏みをして遊んでいた。
「――お嬢さん」
 更に周りを見渡すと、絨毯に物があった証拠に沈んでいる箇所も見受けられた。いや、床だけでなく壁にも、所々日焼けしていない箇所があった。
「…アム」
「え? あ? 何?」
 クン、と雲美に肘を引かれて、ようやく部屋から意識を離す。雲美の叱咤する顔を見、そして村長や皆の目が自分へ向いている事に気づいて、ようやく意識が散漫していた事に気づいた。しまったと心中で毒吐くが、全く付いて行っていなかった為に言葉を続けられない。
「…話、聞いてました?」
「んん、ごめん。聞いてなかった…。何だっけ?」
「後でまとめて説明します。話は済みましたから」
 クリスへ雲美が向き直ると村長はどこから取り出したのかベルを鳴らした。
「部屋はメイドに案内させます」
 その言葉が終わるのを待っていたように、ノック音。やはり先と同じメイドが現れた。
「お呼びでしょうか」
「客室へ皆さんを案内するように。調理場へも連絡を」
「はい。かしこまりました」
 恭しく会釈をすると、彼女は全員が出た事を確認してその扉を閉じた。



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