「……何か妙だな」
 そう呟いて、クリスタルは怪訝そうに目を細めた。雲美、ルゥク、エマらはそれに同調するように、気を楽にした様子も無く、暗がりに視線を泳がせている。
 割り当てられた個室に各々荷物を据え、一同は二階の談話スペースに集まっていた。煌々と燃える暖炉の火が、決して明るくは無い夜の洋館内をぼんやりと照らし出している。
「…妙って、何が?」
 きょとんとして問うアシュレーに、ルゥクは呆れたような声を出した。
「…お前、変だと思わなかったのか?」
 だから、何が。繰り返すアシュレーに溜息をついて、ルゥクはそっぽを向いてしまう。床へ落とした視線を上げないままに、雲美が補足した。
「この屋敷…綺麗過ぎるのよ。」
「綺麗過ぎる?」
 言われて金髪の男は、ぐるりと辺りを見回した。応接間もそうであったが、成る程この家の調度品はどれを取ってもセンスの良い、質の高そうなものばかりだ
―――実際アシュレーがこの違和感に気付かなかったのには、彼の場合実家の関係で、このような装飾品や家具が特別珍しいものとは感じられなかったということもあるのだが―――。さしものアシュレーも納得して、頷いた。
「何か、キナ臭いのよねぇ。…あのオジサンも、妙―に胡散臭いし…。」
 廊下の壁に、等間隔に並べて取られた窓から外の景色を見遣り、エマが言う。
その声音は、どこかこの状況を楽しんでいるように聞こえる。雲美は溜息をついて、ややこしいことにならなければ良いのだけど、と、誰に言うでもなく零した。
 この村に亀の被害があるというのは、事実だろう。だが、本当にそれだけなのか?アムリエルは天上の照明を見上げながら、自問した。 答えは、否。今や皆が確信しているように、この村には―――少なくともこの村の長たるあの男に関しては、何か秘密が在るに違いない。
「…何故、この屋敷だけが浮いたように豪奢なのか。」
 まだ村の現状を目で見たわけでは無いが、と、ルゥクが言う。
「村長には何か、村とは無関係に資金を得るルートがあるんだろうな。」
「そうね。…それも、余り表沙汰には出来ないような、何か―――。」
 確証らしいものは、一切無い。ただ、冒険者としての彼等の勘が、この村と屋敷によからぬ事件の匂いが漂っているのを感じ取って居るのだ。具体的には何が、と問われれば、そこまで細かく言及は出来ないのだが。
「…………ピンクの亀の体液って、何になるか知ってる?」
 発せられた言葉に、全員がその声の方へ目を向けた。視線の中心で、長い緑の髪が隙間風にサラリと揺れる。真っ赤なルージュの引かれた唇をなぞりながら、一同の返答がないことを確認して、エマは言った。
「ドラッグの材料。…良い値段で取引されてるのよねー。」
 気質の人間には、解らない話かもしれないけど。そう付け足して、咥えた煙草に火をつける。では何故知っているのか、と問いたい気持ちは皆同じであったが、それよりも今は、成る程合点が行ったという思いの方が強いように見える。
「…亀が暴れだしたのは」
 長い耳に掛った髪を後ろへ払って、少年は重たい口を開いた。紅い瞳には、軽蔑したような、怒ったような色が揺れていた。
「仲間を殺されたから……?」

 …ズゥン。

 遠く、地響きのようなものが聞こえた気がした。六人が六人とも、一斉に息を殺し、外の世界の気配を伺う。
 …ズゥン。
 また一度、響いた。空耳などでは無い。確かに何かが、動いている。
「…何もこんな夜に………。」
 誰かが呟いて、唇を噛んだ。そして次の瞬間、大亀の咆哮が宵闇を切り裂いた。



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