夜とあって、酒屋も経営している宿では、踊り子が妖しい眼差しを観客になげかけながら、艶かしく踊っている。
 男達は下卑た野次を飛ばしながら、次々と杯を空けていく。
 忙しく立ちまわる店員たちが、彼らの横を次々に過ぎて行く。
「あー。ライスさんがあんなキャラだったなんて、初めて知ったわ」
 アムリエルのぼやきに、ルゥクはうめく様に「普通は誰も気付かないに決まっているだろう」と呟く。
 ライスというのは、どうやらあの老婆(ヨネ)の偽名だったらしい。
 まだ寝るには早く、アムリエル、アシュレー、クリス、雲美、ルゥクの五人は、軽食を取っている。エマは結局目を覚まさず、今は先に部屋で寝かされている。蜂蜜の入ったホットミルクを飲むアシュレーへ、ツッコミニストルゥクが思い切り怪訝な眼差しで睨み付けながら尋ねた。
「一体おまえは何なんだ。普通、老婆に命狙われることなんて無いぞ」
「お姉さん、このクッキー一つー」
 さらりと無視して追加注文するアシュレー。ルゥクは堪えている様だが、烈しい怒気が背後に揺らいでいる。
 二人を見やり、わざとらしくため息をついた。
「ねーぇ、アシュ。秘密主義を貫くなら仲間に出来ないわよ? 命狙われるような人を、誰が連れて歩くと思う?」
「お前も訳わからん点では同じだぞ」
 すかさずルゥク。
「それに、僕はお前も仲間だなんて認めてないからな」
 その言葉に不満気にうなった。
「アシュには負けるわよ―。それに、私は話したじゃない、サポート系だって」
「そこじゃねぇよ」
 突っ込みながらもとりあえず、アムリエルは後回しにしてアシュレーへ向き直る。
――蚊帳の外にあったせいか、アシュレーは踊り子にチップを渡そうとしていた。
 ルゥクは一発殴って言った。
「とにかく、こっちはとばっちりを受けたんだ。原因を聞くくらいの権利はあるぞ」
「エマもまだ寝込んだままですし…。お話願えませんか?」
 助け舟雲美の言葉に、アシュレーは言葉を詰まらせた。クリスは唯静かに、オレンジジュースを飲みながら事の成り行きを見守っている。
 アムリエルは退屈そうに踊り子を見やっているが、そこはかとなくそこらの男達に似通った眼差しで見ているように見えるのは気のせいか。
 暫く迷った後に、小さな嘆息と共にアシュレーはその重い(如何せん重いという単語に抵抗があるが)口を開いた。
「ここから、そう、どれくらいかな――まぁ、とにかく東の方の諸侯の一人、オラトリオ・カルヴァンが僕の父なんだ」
 苦々しげに、あるいは言葉を選んでか、彼はしばし口を噤んだ。
 夜の雑踏だけが聞こえる。



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