「と、いうわけでね」

 茶髪の青年はほうと息をついた。
 彼の手の中では、出所不明のバラの花がひらりひらりと花弁を散らしている。

「雪深いアジタート山脈の中腹で、事故とはいえこの僕が不本意にも殺めてしまった小熊の育ての親が、彼女なのさ。」
「…アジタート山脈は海沿いのハゲ山だぞ。熊も居なければ雪も降らない」

 円いテーブルを囲み、アシュレーの話にすかさずツッコミを入れるルゥクと、じっとその話を聞いている雲美。
 クリスはというと、眠くなったのか既にテーブルの上で安らかな寝息を立てている。
 アムリエルに至っては、ダンスを眺めるのにも飽きたらしく、自らステージに飛び入り参加してしまっている。
 容赦のないツッコミに一瞬口を閉ざしていたアシュレーだが、暫くして再び話し出した。

「あれは…もう五年ほど前になるかな、僕が北極を訪ねた時の…」
「やめろ、下らん。さっきからよくもまあそんな…作り話ばっかり後から後から。」
 
 ルゥクはガタンと音を立てて椅子を引き、席を立つ。

「とにかく…素性を明かす気がない限り、僕はお前と組む気はないからな。クリス…雲美も、覚えておいて欲しい。」
「あ…ちょっと、ルゥク」
 
 一度は引きとめようとした雲美だが、スタスタと客室棟へ続く道を歩いて行ってしまったエルフの少年に、戻ってくる気は更々なさそうだ。
 諦めて、テーブルの中央に向き直る。

「…クリス? 本当の所…どう考えてるの?」

 声を掛けてみるが、ノンレム睡眠に入っているらしくなかなか反応しない。
 仕方なく軽く肩を揺すってみると、蒼い瞳が薄らと開いて、上目遣いに少女を見やった。

「…………。」

起こされたのが不満のようだ。雲美はもう一度繰り返した。

「二人のこと。…本気なの?」
「………ああ」
「…ルゥクの言うことも解るのよ。こんな仕事だからこそ…仲間にするにはそれなりに信頼が置けないと…。」

 尤もな言い分である。クリスはぼんやりと何処へでもなく視線を泳がせて、半分眠っているような声で言った。

「話したくないことを、無理に話さなくても良い。…信頼できるかできないかは付き合って判断することだ。
 人の善し悪しは、目を見れば判る…。少なくとも、悪人じゃない。」

 それだけ並べると、彼はまた夢の中へ戻ってしまった。
 もう起きないな、と見定めて、雲美はアシュレーの方へ目を向けた。
 アシュレーは、すっかり花弁を散らしてしまったバラの茎を弄り回しつつ、さっきまでと比べれば割合マジメな表情を見せて尋ねる。

「雲美ちゃんは?やっぱり信用できない?」
「…いえ」

 雲美は少し考えていたようだったが、やがてこう言った。

「今までも、なんとかやって来たんですから。多分今回も…大丈夫でしょう。」

 にこりと微笑む。
 アシュレーもそれを見て、長い睫毛をそっと伏せた。

「そう…よかった。」

 青年の手の平からひとひらの花弁が宙を舞い、そしていつしか闇に溶けた。



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